チャイナリスク

2011年に中国に来て以来、わたしは一般的な日本人と比べれば当然のことながら中国寄りというか、中国に対して肯定的な見方をしていたと思います。メディアで「チャイナリスク」みたいな言葉を聞いても、その意味は何となく分かるものの「そうは言っても中国で生活してみるとそんなに悪くないよ」という体験があったし、VPNが必要な事以外はそんなに不自由も感じないし、デジタル導入が進んでいたり中国社会が進んでいる部分も事実としてあります。

チャイナリスクって中国の外にいる人がよく分からずに言っている脅威論でしょ

みたいな考えを多少なりとも持っていたことを認めないといけません。

が、この思いもここ数年でガラガラと崩れ去りました。そのきっかけは当時住んでいた香港。雨傘革命の頃はまだ平和にデモが出来る香港て素晴らしいなぐらいに思っていたものの、銅鑼湾書店事件に始まり、その後の大規模なデモや暴力、警察隊と市民の相次ぐ衝突に「国家安全法」で終止符を打った一連の流れを見て「これがチャイナリスクか」と思い知りました。

そしてコロナの流行。最初はコロナ震源地だった武漢をゼロコロナ政策で抑え込み、その後も入国者、感染者とその周辺を徹底的に隔離することで全体としては初期は震源地でありながら中国ではかなり自由に行動が出来ました。しかし、オミクロンが入ってきてからはゼロコロナが完全に裏目に出ています。上海の状況は象徴的ですが、感染力が抜群に強いオミクロンに対して今までと同じアプローチで臨んで歪を生んでいます。

そもそも病院の機能を果たせない野戦病院を建てて人々を隔離してもPCR検査を1人100回やっても、人々の免疫力は上がらないし根本的な解決やリスク低減につながりません。ここに膨大なコストをかけるぐらいなら欧米のワクチンを買ってきて一刻も早く接種させた方が有効じゃないかと思いそうなものですが、それは中国産ワクチンの有効性の低さを認める事になり、メンツが立ちません。

そしてダメ押しのようにロシアのウクライナ侵攻。中国は「中立」を保つと言っていますが世界から見れば明らかにロシア寄りであり、徹底的にロシアを叩く国外メディアと中国メディアの違いは明白です。似たような体制と大きな国土を持つロシアと中国を結びつける論調に対して、もはやうまく反論するのが難しくなってしまいました。

外交政策やコロナ対策にしろ、地方政府の評価基準にしろ、鶴の一声で全てが決まる体制は何か1つ間違えば大きな歪を生む可能性が高い、自己浄化機能が働かない体制そのものが持つリスクというものを目の当たりにした気がします。

ついでに、若い頃は基本的に「日本政府は無能」と思ってましたが

ベストではなくても安定していて多少なりとも人権や自由を尊重する意識がある

というだけでも、日本という国がどれだけ恵まれた国なのか、それは当たり前な事ではないと言う事を思い知りました。

自分のブログを読み返していたら、香港でデモが大変だったときにこんな事を書いてました。結局は「自分と家族の身は自分で守るしかない」そして今そのために自分に出来る最善策は日本に帰ることだという結論だったのだと思います。

無許可デモと今後の身の振り方

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