すごい隣人に会う

妻が娘と家の下を散歩していたところ、すぐ横の建物に住んでいるアメリカ人の女性に出会いました。アイコンタクトして挨拶したら会話が始まり、聞いてみるとスポーツインストラクター(専門はなんとボクシング)で家で色々教えられるというので、ちょうど娘が旧正月で1ヶ月幼稚園が休みなので週末試しに行ってみることに。マンションの最上階の家で屋上に色々と運動器具が置いてあり、子供を教えるのも上手で楽しかったです。家から徒歩3分で、親も一緒に走ったり跳ねたりして運動になるし、アメリカ人なので言語も英語ということで英語も同時に学べて一石三鳥ということで、休み中の活動としては完璧です。

クラスのあとに喋っていたら、なんとこのインストラクターはアメリカ女子ボクシングの元オリンピック代表候補で元アメリカ代表チームのコーチ。今は色々あって中国代表チームのコーチで、コロナで選手が移動できなくなったので中国代表チームにはリモートで教えながら、外部の人にも家やジムで色々教えていると。しかも運動だけでなく修士号たくさんと博士号まで持つインテリ。ネットで検索すると結構いろんな情報が出てくるちょっとした有名人でした。深センにはあと3年いる予定で、その後はアメリカのオリンピックチームにコーチとして戻るという何とも現実離れした話でした。

面白い出会いがあるものだなあと驚いたと同時に、こんなにすごい人ならちょっと自分もボクシング習って鈍った身体を鍛え直してみようかなと思い始めました。ちなみにコーチのこの女性は最初自分よりちょっと年下ぐらいかなと思っていたら、実際にはほぼ10個上で見た目がめちゃくちゃ若く、やっぱりガッツリ運動してると老化防止にいいんだなと思いました。

「ひとりっ子の育て方」読了

ひとりっ子の娘の子育てについて書きましたが、これから2人目が出来る可能性はないことはないとしても、最初の子供は皆もともとひとりっ子ということで何か子育てのヒントでもと思って、だいぶ久しぶりに子育て本を読んでみました。

ひとりっ子の育て方~「友だちづくり力」「自分づくり力」「立ち直り力」。0~15歳児の親が最低限しておくべきこと。~

本の中では、ひとりっ子の親は「ひとりっ子だから厳しく育てないと」と思いがちですが、幼少期に厳しくしすぎるのはあまりよくなく、しつけは小学生からでも間に合うので6歳ぐらいまではしつけよりも愛情を注ぎまくることに注力した方がよいと書いてありました。これは北京で妹の姉弟を見ていて思ったことと逆。とは言ってもしつけを完全無視するわけにもいかないので、家の中での最低限のルールは作りつつ、今まで通り愛情を注ぎまくろうと思います。

それ以外にも色々と面白いことが書いてあり、特に「ひとりっ子だと寂しくないか」という疑問に対して、子供の想像力に関してはむしろ一人でいる時に発達するとか。ひとりっ子でいることのメリットとデメリットがあり、デメリットを補う方法なんかも書いてあってなかなか面白く勉強になる内容でした。今妻の実家の近くに住んでいて妹の娘なんかもよく会うので、日常的に触れ合うのが両親だけという感じでもないのはひとりっ子を育てる環境としては悪くないみたいです。

中国でAmazonプライムビデオを見る

娘から発せられる日本語が減っている問題で、何かの足しにアニメを見るときは日本語のにしようと思ってビデオストリーミングサービスを調べてました。香港のときはNetflixでちょこちょこ日本語のコンテンツを見せてましたが、中国ではサービス展開してないしVPNかませても検知されて使えないようだったので深セン移住と同時に脱会してました。調べてみるとAmazonプライムビデオはVPNかませれば見られるみたいです。

Amazonプライムビデオは中国で観れるのかい? – 中華ライフハック

ダウンロード出来るビデオもあるみたいなので、さっそく30日間無料体験スタートしてテストしましたところ、無事にいくつか日本語アニメをダウンロード出来ました。日本にいないのでプライム会員特典の送料無料は意味ないですが、ちょっとでも日本語を繋ぎ止める投資として、自分もときどき映画見るかもしれないし年間5000円ならいいかなと。

ちなみに中国にもビデオストリーミングサービスは山程ありますが、当然のことながら日本語の子供向けとなるとほぼコンテンツがないので、こういう日本向けのサービスを使うためにもVPNはやはり便利です。ちなみに上記の記事は紹介されてませんが、わたしが使っている12 VPNでも問題なくダウンロード出来ました。

一人っ子

北京から深センに帰ってきました。北京の妻の妹には子供が二人いて、上の子は5歳で下の子は3歳半。下の子とうちの娘は半年違いぐらいで同学年です。娘にとっては兄弟姉妹がいるような感じで楽しそうにしてましたが、親としては妹の子供の様子を観察してました。

やはり下に弟がいる姉はしっかりしていて、自分のことはほぼ何でも自分でやるし親があれこれ言うことはだいぶ少なく、さらに弟や娘に指示を出したり率先して動いたりと、5歳にして既に家にいるとちょっと助かることも多い存在。親のリソースを2人に分けないといけないし、比重としては下の子に寄るので上の子は自動的に自分で自分のことをやらざるを得ず、さすがにお姉ちゃん歴3年だなと思うと同時に、正直あと1年ちょいでうちの娘が同じようになるイメージが湧きませんでした。

下の子は娘と同じようなグズり方や要求をすることもありましたが、妹は毅然として自分で出来ることは自分でやらせて、家のルールを厳守させてました。上の子もいるので公平性を保つという上でも大事だし、姉と同じ様に早く自立させようという意図が見えました。一人っ子だと親のリソースがある分、娘に何かして欲しいと言われるとつい自分の方が断って言い聞かせるのを面倒くさがって要求を聞いてしまったり、甘やかしてしまう部分があったので反省しました。

今後ちょっと娘との接し方を考えないとマズイなと気づきのある休暇でした。もうすぐ4歳だし子供扱いしすぎずにもっと自立を促していこうと思います。自分は4人兄弟の1番下、妻は6人兄弟の1番上という環境で育って一人っ子の環境というのがいまいちイメージ出来てませんでしたが、今回近くで二人の子供と妹夫婦を見て自分たちの娘への対応について問題があぶり出されたので、出来る範囲で今後に活かしたいと思います。

妻の修士課程が終わる

妻が3年ほど前から香港大学の大学院にパートタイムで通っています。通っていると言っても今年に入ってからはずっとコロナで対面授業はなく、ずっとリモートですが。今年の年末に単位を取り終わる予定で、今卒論に取り組んでます。順調にいけば、というか卒論の締め切りが今月までなので、年内に全部終了する予定で既に最後の講義も受け終わっています。

思えば娘が生まれて6ヶ月の頃から夏休みと冬休みを除いて週に1-2回、各3時間ほどの講義を受けていて、わたしは特に最初の数ヶ月はかなり悪戦苦闘しつつ娘と1対1の時間を乗り切っていました。平日の夜の講義の時は特に仕事との折り合いでキツい時もありましたが、仕事あがりに直接大学に行ってまだ1歳にもならない娘を妻からバトンタッチで受け取りキャンパスで遊んでいたのは今となってはなかなか良い思い出です。3年前の最初の講義の時は娘がママがいなくて大泣きしてどうにもならなかったことをまだ覚えてます。

自分もまだ娘が生まれてなかった時に香港科技大学の修士課程をパートタイムで修了しましたが、そういう思い出もあって妻の卒業は自分のよりも断然感慨深いものがあります。もう1回やれと言われたらイヤですが、やってよかったと思います。

減っていく日本語

幼稚園に通い始めてからというもの娘の口から発せられる日本語が減っている気がします。幼稚園では英語と中国語なので、徐々にこの2言語が強くなっていくだろうなとは思っていたものの、思ったより急激に変化している印象で、最近はわたしがなんとか日本語で話させようと思って日本語で話しかけても、返事は大体中国語か英語です。

土曜日に日本語の補修クラスが南山にあるというのは知ってるんですが、対象年齢は5歳以上。この調子で行くと確実に日本語忘れるので、5歳になったらちょっと遠いですが南山まで日本語補習クラスに通わせようと思いました。今の家から片道1時間ぐらいかかるのでちょっとキツいですが、大きくなってから言語を身につけるのはもっと大変だし、言語は親が子供に与える事のできる最大のギフトの1つだと誰かが言っていて、確かにと思ったので(送り迎えを)頑張ります。

あとは日本語を使う楽しい習い事をさせるとかも良いかもしれませんが、深センでもありそうだなあと思い浮かぶのが柔道とか剣道とか武道系ぐらいだし、そもそも今住んでる場所は日本人があまりいないエリアなので選択肢がなさそうです。国際結婚の家族にとっては多分あるあるな難しいトピックです。

幼稚園に行きたくない娘

子育てあるあるかもしれませんが、娘が幼稚園に行きたくないと毎日のようにゴネてます。妻の妹と話していても、娘のいとこも幼稚園に行き始めて半年ぐらいずっとゴネてたそうで、子供はみんなそうなんでしょうか。

今の幼稚園に行き始めたばかりのときは色んな遊びとか活動があって楽しい!と言っていたし、もうすぐ行き始めて2ヶ月になり友達もできてきて徐々に慣れてきているはずで、アプリにアップロードされる写真を見ても楽しそうに遊んでいるので家にいるより楽しそうなものですが、なぜゴネるのか不思議です。お昼寝タイムが嫌なのは普段の生活パターンから分かるんですが、子どもの世界は不思議で奥深く、なかなかよく分かりません。

まあ9月に深センに渡ってここ3ヶ月ほどで住む家も香港の家から妻の実家に、そして今の家へと生活環境が目まぐるしく変わって新しい幼稚園も始まってということで、まだ適応している途中なのかもしれません。

寝ない子

寝る子は育つといいますが、うちの3歳9ヶ月の娘は昼寝しません。香港にいるときぐらいから昼寝させようとするとこの世の終わりかというぐらいに大激怒するようになったので、どうせコロナで家にいるんだしいいかと思って昼寝はもう基本諦めて、そのかわり夜8時とかに早く寝るようにしてました。

最近幼稚園に行き始めたんですが、当然のように幼稚園にはお昼寝の時間があります。同じクラスのみんなが寝ていれば娘も昼寝するのかなと思っていたら、全然寝てないそうです。先生とWeChatでしょっちゅう会話できるという環境もあり、けっこう細かく状況を聞けるんですが、昼寝の時間は1人だけ寝ずに先生に付いていったり、1人で遊んだりしてるそうです。

で、幼稚園に行くと色々と活動があるので3時半ぐらいに家に帰ってくるときには結構疲れていて、わたしが家につく7時頃にはだいたい既に機嫌が悪いです。昼寝して夜ご機嫌でいてくれたほうが個人的には嬉しいんですが、ここまで昼寝が嫌いというのは頑固というか我が強いというか。一体誰に似たのでしょうか。。

深センのインター幼稚園に初登園

先週末に娘の幼稚園の入園に必要な証明書もろもろが全て揃い、今日深セン郊外にあるインター幼稚園のK1クラスに初登園となりました。初日ということで妻と一緒に門のところまで見送りに行ったところ、娘は門のところで5分ぐらいグズってましたが、しばらくしたら先生に連れ添ってもらって行きました。

ほぼ1ヶ月遅れましたが、幼稚園で新しい友だちが出来るといいなと思っています。ちなみにインター幼稚園ですが、同じクラスの親と先生のWeChatのグループが設置されたので見たところクラスメイトはほぼ中国人(台港澳含む)か華僑みたいです。

香港7年

7ヶ月ぶりに深センに戻り、7年に及んだ香港生活を終えました。去年香港の家を引き払ったときはカオス状態でそんな感慨に浸る暇もなかったですが、今回はビザも仕事もほぼ整理したしコロナで気軽に越境できずしばらく香港に戻れない状況なので本格的に香港を離れて新しいチャプターに突入した感じです。香港で過ごした7年間を振り返ってみました。

香港で働き始めた2013年から今までの間に、2014年からパートタイムで修士号を取ってみたり、2017年に初めての子供も生まれたり、2018年には今の職場に転職してみたり、今年2020年は永久居民になったり、振り返れば色々なマイルストーンがあった7年間でした。今年はコロナでダメですが、ほぼ毎年のように友達が訪ねてきたりして思い出もたくさん出来ました。

仕事の面では若いとき国際的な環境で働いてみたいと考えていたことは国際都市香港だったからこそ実現したし、英語でビジネス絡みの学位を取ったことも含めてこの環境でそこそこ生きていけそうな手応えと自信を得たことは今後の財産になりそうです。今の職場で深センに異動させてもらえることになりましたが、もしずっと深センにいたら、キャリアは全く違ったものになっていたことは間違いないと思います。

一方、香港は資本主義と市場原理の権化のような場所で、自分は若いときはどちらかというとそっちよりの思想でしたが、この7年でちょっとその考えが揺らいだという面もありました。自分は現地採用として7年働き、ローカル香港人とほぼ同じような生活を体験してきたと思いますが、そこそこ稼げないと厳しい社会であることは間違いなく、低い税金なり、今揺らいでますが自由と透明性ある法制度なりで金持ちの個人やビジネスをたくさん集める一方で、コストが上がり続ける中で生活のクオリティを保つのが難しい人もたくさんいる現実があります。

そういう事情もあって、香港の子供がいるミドルクラス家庭は基本は共働きでどっちもバリバリ働いて、フルタイムのヘルパーを雇って家事や育児をアウトソースするというライフスタイルに適応しないと、なかなか家計が回りません。個人的には特に子供が出来てからはその香港の典型的なライフスタイルがうちには合わないだろうと思っていたし、昨今の政治的ゴタゴタもあり、いま香港を離れるにあたってもう香港でやり残したことはなく、次のチャプターに進む良いタイミングが来たと、ポジティブな気持ちでいます。

深センはそもそも香港のすぐ隣だし、娘は香港生まれの香港籍だし、自分も永久居民になったので将来香港と縁が切れることはないと思いますが、ひとまず香港編はおしまい。深セン編が始まるということで、ブログのタイトルも変えようかなぁと思っています。